2011年07月10日

著作権について考察

この前の節電の話に続いて,今日は著作権について考えてみようと思う(すでに「だ・である」体になっているのはお察しください)。


YouTubeやニコニコ動画でMAD動画としてアーティストの楽曲などが使われている動画をよく見かけるが,それらは「権利者の著作権侵害の申し立てにより削除」される場合が多い。それは当然のことであろう。「著作権に関する法律」第21〜28条において事細かく書かれている。だが,私はこれに疑問を呈する。
もちろん,著作権の存在自体を批判するものではない。ただ,著作権の扱い方について疑問があるのである。
例えば,最初に例を挙げたMAD動画はどうだろうか。正規に作りたいと思えば,レコード会社にその旨を伝え,著作物使用料を払う。今頃はJASRACが管理していると思われるので,JASRACに申請するであろう。その使用料は,BGMとして使用し,ストリーミング形式で配信する場合(YouTubeなど)は,「利用形態にかかわらず1 曲当たり年額1,200 円」で,10曲以上は年額10,000円であると記載されている(「JASRAC使用料規定」P87)。10曲以上を10年公開すると積算で100,000円となる。
この使用料を見て,「意外と安いな」と思う人はどれぐらいいるだろうか。そして,10,000円を払って公開しようと思っている人は果たしているのかどうか。ここで,「100,000円払えば10年MADが作成し放題」と思ったら大間違いである。この使用料は「サイトにおけるMIDI音源の利用」を目的としているのであって,決して生の音源を利用できるものではないからである。実際の音楽からMIDIに起こすのはとてつもなく労力を食うし,まずMADを作るような人でそのような人を見たことはない(MADでなければ「山の音楽(MIDI)アルバム」がこれに当たる。このページは1997年から続いており,作者が支払った額はのべ14万円以上に昇り,しかも実際の楽曲からMIDIに起こしているわけであるから,相当な経費を必要としていることが分かる)。
ITメディアニュースにこんな興味深い記事があったので引用してみる。

以前からJASRACが取り締まりを行っている違法MP3サイトは,CD音源やラジオ放送などをMP3やそのほかの圧縮データに変換してアップロードしている。これを合法的に行おうとすると,仲介業務のJASRACだけではなく,レコード制作者や放送事業者などの著作隣接権者の同意も必要になり,「個人で交渉しても,まず同意は得られない」(JASRAC)ため,MIDI音源に限定したものとなった。
―― ITメディア「News:JASRACがネット配信時の楽曲使用料規定を策定――レコード業界の反発は必至」(http://www.itmedia.co.jp/news/0008/17/jasrac.html


この記事から見て取れるように,生の音源を利用することはほぼ皆無ということになるだろう。上の引用は「違法MP3」について言及しているが,MAD動画も同じで,生の音源を使用していることには変わりはない。
以上の結論から,二次著作物を合法的に作ることは不可能という結果になる。

しかし,これでは日本国憲法で保障されている「表現の自由」(とくに「創作の自由」)に違反(違憲)するのではないだろうか。いくつかGoogleで調べて気になったものがあるので,引用してみたい。

僕は、著作権と言うものの権利性を強くとらえることは、インターネットの世界ではよくないのではないと考えています。
(中略)

著作権も財産権のひとつとして、憲法で保障されていることは当然ですが、表現の自由は、人が生まれながらにしてもつ根源的な権利として、財産権よりも優越的地位を有するというのが、憲法学者の通説的理解です。
そして著作権は、財産権のひとつですから、資本家の要求と大衆の要求が鋭く対立する面を持つ問題といえます。
著作権をあまり厳格にとらえ過ぎると、表現手段の多くを資本家が握っている現状では、著作権が表現の囲み込み手段のひとつとなってしまう可能性があります。表現をするたびに著作権者に使用料金を払わなければならないというのでは、かえって、文化の自由な発展を阻害してしまいます。
したがって、あまり著作権を厳格に適用することは、もともとインターネットが持っていた「素人が自由に表現を発信できる」という利点を、すべて奪ってしまうことにつながりかねません。
個人が無償で表現を発信することは、表現の自由の本来的な方法ですから、他の表現を引用することは許されてしかるべきだというのが私の意見です。
――「弁護士紀藤正樹のLINC/僕の考える著作権というもの」(http://homepage1.nifty.com/kito/copy.right.html


一昨日に、「アーティストのために」「音楽産業のために」CDを買いなさい、という意味にとれる文章が良く見られると書いたばかりだが、今度はフリー・ダウンロードが繰り返される現状を嘆き、音楽産業が衰退した原因をリスナーに責任転嫁するかのようなブログを発見した。
この手の言説は決して珍しいものではなく、むしろ音楽における著作権議論の主流を占めるものだろう。そのブログ曰く、音楽を聴くにあたってしかるべき対価を払わないことは、リスナーの身勝手であり、それは教育の問題だ、と言う。 果たして本当にそうだろうか。私には決してそうは思えない。
フリー・ダウンロードは、リスナーの裾野を広げるきっかけになる。楽曲を購入する予備軍ともいえる潜在的なリスナーを増やす。音楽を聴く事への敷居を低くし、さらに深く広く音楽を聴くことが出来る。それによって、音楽への関心が持続する。様々なメリットが考えられる。もちろん、フリー・ダウンロードが繰り返されることによって損失を受けるアーティストも出てくるであろう。しかし、総合的に考えてどうなのか。
(中略)

蓄音機を皮切りとして、ラジオ、ケーブルテレビ、ビデオデッキ、そして現在のフリー・ダウンロードに到るまで、著作権の利益にあやかる者たちは、これらの新種のテクノロジーを脅威を感じ、実際に潰しにかかることも多々あった。歴史は繰り返すというが、現在、問題視されているフリー・ダウンロードが果たしてどのような効用を人類にもたらすかは歴史が証明することだろう。
――「2010年04月16日の記事 | Deadstock Records 一曲入魂」(http://dstrecords.jugem.jp/?day=20100416


権利者側が「無断でうpするのは犯罪だ!」って泣き喚くのは、ただの感情論。 権利者側の言うとおり、「犯罪者」をビシバシ取り締まれば世の中がよくなるのか? 絶対に、ならないでしょう。
言葉で「犯罪者」たちを非難するだけなら誰でもできるしタダでできる。 だけど、それで「犯罪者」たちが大人しくなる?「犯罪」がなくなる?
セコム設置する手間と金を惜しみ、防犯カメラ設置する手間と金を惜しみ、あまつさえ鍵さえかけてない。 それで泥棒に入られたら「俺は被害者だ!泥棒が悪いに決まってるだろ!」などと言っても、だれもまともに取り合ってくれないし、場合によっては警察にすら相手にされないでしょ。 それと同じこと。シャナの権利者?の言ってることは、正論でも何でもない。たんなる愚痴。
ニコ動のことを「上から目線で」云々とか言ってたけど、「権利者」のほうこそ「俺たちゃプロだ」という根拠の無い思い上がりがあるんじゃないのかな。 三波春夫じゃないけれど「お客様は神様です」、プロなんてお客様の奴隷なんですよ。
いや別に「お客様」を犯罪者扱いして喧嘩したければ、したっていい。 喧嘩する権利まで否定しません。それは「権利者」の自由。 でも、「お客様」を敵に回して、どうやって食べてくの?そのへんの自覚がまるでないよね。無理もないか、中間業者が間にいっぱい入ってるから、「犯罪者」扱いしてる連中が「お客様」だという意識をもてって言うほうが無理なのかもしれない。 でも「無理」で済ませて損をするのは、どっちかな?って話。
ちょっと話がそれた。まあ、その「犯罪者」をビシビシ取り締まるとする。 ニコ動も著作権物をビシビシ削除しまくる。すると、どうなるか。ニワンゴは多分倒産しますね。で、動画共有サイトのような危ない商売をやろうっていう物好きもいなくなるでしょう。その結果、権利者の既得権が守られてよかったね・・・って、そうはならんでしょう。ネットの世界に国境はないからね。日本のコンテンツ産業は国際水準からどんどん置かれていって、やがて日本のアニメは誰も見なくなる。今アニメーターとか目指して頑張ってる子たちは、10年後20年後みんな中国に行ってるかもしれないね。結局、権利者たちが自分で自分の首を締めることになるだけ。いや、ただ自分たちの首を締めるだけならいいけど、日本を後進国に追いやることにもつながるわけだ。
――「ニコニコ動画がなくなれば、アニメ産業の未来は明るくなるのか - P2Pとかその辺のお話」へのコメントより(http://peer2peer.blog79.fc2.com/blog-entry-875.html


一番最初に挙げた紀藤弁護士の話には共感できる。今の著作権法が施行されたのは昭和53年5月18日。それから幾度となく改正が繰り返されてきているが,微々たるものに過ぎない。まあ,2009年1月1日から施行された「ダウンロード規制」が結構大きかったか。ほとんど改正されていない著作権法に今のネットメディアをつなげるのはどうも無理がある。一番最後の引用にもあるが,このままだと日本の動画コンテンツ産業は後退するであろう。下手したら,ニコニコ動画がなくなる可能性(ここでいうのは親会社であるニワンゴ(株)が倒産するという意味)だって否めないわけである。もし,YouTubeやニコ動から著作権違反の動画すべて削除されたらどうなるか。ニコ動は「もぬけの殻」と化してしまうであろう。
最近ではYouTubeやニコ動に限らず,駅の発車メロディを公開することも規制されるようになった。発車メロディは,常に公に聞こえるようになっている(そうでないと何の意味もない)。その公に発信されている音楽をなぜインターネットに公開するのは違法になるのだろうか。発車メロディが商用利用ならまだしも,お金を払わなくても聞ける(聞こえてしまうといった方が正しいかもしれない)ものを,インターネットで流すだけで違法になるのはおかしな話であろう。駅で流すのとインターネットで流すのは,流し方こそ違いがあるものの,どっちも無料で,しかも非営利でやっているわけで,インターネットだけ流れないというのはいかがなものである。そこまでするんだったら,駅でも流さなければいいだろう。あり得ない話だ。著作権法の目的というものから逸脱していると思わざるを得ない話である。
一方,著作権を肯定する者の意見も挙げてみる。

逆にいえば、ニコニコ動画が閉鎖されて不利益を蒙る人間がいるのか?という話では?
金持ちから多少泥棒をしたところで破産に追い込むことはないけどその泥棒という行為自体が違法で反社会的な行為でありまして泥棒をして得られる利益など誰の為にもならないし何の役にも立たない
とかく著作権論者は売上げや金の話に持っていきたがるがどうして道理を通したり礼儀を重んじて交渉して他人の著作物を利用させていただくという概念がないのか
(中略)

ちゃんと話を通して、道理を通して、礼節を持って、著作権者と交渉して了承を取って、そこまでやれば叩かれない
叩かれているのは金や利益のためだけではないことに早く気づいて欲しい
自らが社会人としての責務を果たさず礼節を軽んじ言い訳と正当化ばかり上手くなって何一つ大人としてのルールを守らない犯罪者やクズと呼ばれて相手側の態度も硬化するのは当然のこと
はっきりいってネット文化や著作権の時代にあわせた変化を不当に妨害しているのは頭の固い企業や役所だけではない
――「ニコニコ動画がなくなれば、アニメ産業の未来は明るくなるのか - P2Pとかその辺のお話」へのコメントより(http://peer2peer.blog79.fc2.com/blog-entry-875.html


確かに,「礼儀がない」・「道理にかなっていない」と言われればそれまでかもしれない。ただ,この人の意見にある「ちゃんと話を通して、道理を通して、礼節を持って、著作権者と交渉して了承を取って」という部分,これが実際にできれば犯罪を犯す人は減るかもしれないが,最初に引用したITメディアの記事にもある通り,「個人で交渉しても,まず同意は得られない」というのが現実である。たとえ非営利であっても同意は得られない。得られたとしても,ベンツが1台買えるような莫大な使用料を請求されるかもしれないのである。そこまでしてまで,MAD動画を作って公開したいと思う人がいるのか? まずいないだろう。そういう現実から,違法をしてまで公開する人が後を絶たないのである。というか,違法の法自体が間違っている,今の世界について行っていないと考えるのが妥当ではないのだろうか?
では,私が考える著作権法とはどのようなものなのか。それは
二次創作物を許可する

ことである。ITメディアの記事にある,「個人交渉は不可能」を改善すべきである。使用料については頒布しているCDにつけるか,YouTubeなどに公開した場合に広告を付けることによって賄えばよい。使用者が払うのもよかろう。ただ,どの音源から取得したのかを明記することを義務付ける。いつも疑問に思うのが,書籍などは「○○ ○○「△△△△△」 ××××社 □□□□年」などと書けば引用したこととなり,使用料を払わなくても著作権侵害にあたらないことである。これは楽曲に関しても同じではないかと私は考える。これを楽曲にも適用するというものである。また,動画をダウンロードするだけでも違反というのも改善すべきである。

私の考えは,人々は「YouTubeなどで,CDを買う前にどういう音楽かを確認している」というものである。私の例から言うと,YouTubeにアップロードされていた車載動画のBGMに使われていた曲が気に入り,そのアーティストのCDをレンタルショップで何枚も借りた,というものである。もし,BGMに未許諾の楽曲が使われていたとして,動画の音声が削除されてしまっていたら,私はそのアーティストのCDを借りなかっただろう。いくらレンタルショップとはいえ,借りるのにもお金がかかるわけで,決して「ニコニコ動画が閉鎖されて不利益を蒙る人間がい」ないわけではない。いや,むしろ不利益を被る人の方が多いだろう。適当に借りて,もし自分の思っている曲と違っていたら,そのCDのレンタル料を損するといったことだってあるわけである。要するに,「YouTube=楽曲の試聴」といった位置づけが妥当なのではないだろうか。「楽曲の全部を試聴にするのはおかしい」という人がいるだろう。例えば,サビの部分だけ試聴できて,ほかの部分が試聴できないとする(今がそうであるが)。いざ借りたときに,サビの部分だけが良くてもほかの部分が想像してたものと異なっていたら,「損した」と思う人も少なくないと思うのである。試聴というと,「知る権利」にも該当するのかもしれない。

以上の理由から,私は今の著作権法を改善しなければならないと考える。


あくまで私個人の意見であるので,このまま放置されればそのままこの問題は野放しにされるのかもしれない。しかし,日本中,いや,世界中を見回しても,著作権に異議を呈す者は少なくない。現に,そういう者たちによって結束された政党「海賊党」となるものがあるのである。すでに世界で40党にまで上っている。日本にはそのような政党は存在しないが,Google検索を見る限りは,著作権に異議を唱える者も少なくないと思われる。現に,そういった者たちによるアクションも行われているようである。私はこういった人たちの行動を積極的に支援するとともに,時間があれば一緒に参加してみたいと思う。
最後に,参考文献として1冊の本を挙げておきたいと思う。
「表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?」ケンブリュー・マクロード 青土社 2005/7

まだ読んだことはないが,いろいろなサイトを回っているうちに面白そうだなと思ったので記載してみた。機会があれば読んでみたいと思う。



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posted by 平塚 優 at 01:51 | Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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